皆さんは、この国、
どこだかわかりますか?

ちょっとすぐには
わからないですよね。

この国は

ウズベキスタン

です。

首都はこちらの「タシケント」。

日本とは全然関係ない国のように思えますが、
実はかなり日本に親しみを持ってくれている国のひとつです。
ご紹介しますね。

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実は、ウズベキスタンには第二次世界大戦後、
ソ連によって約2万5千人の日本人が抑留されました。

そして、水力発電所や運河、道路などの建設をさせられました。いわゆる強制労働です。

要するに、
旧ソ連軍につかまった日本兵たちが
ウズベキスタンのインフラを作らされた
ということですね。

この時、
ウズベキスタンの国民たちは
驚くべきものを目にします。

それは

強制的に労働させられているのに、まじめに、一生懸命に汗を流す日本人の姿

です。

抑留下にもかかわらず、
日本人の作った発電所・ダムなどは

圧倒的なクオリティ

でした。

中でも首都タシケントに、日本人が作った
「ナボイ劇場」はすばらしく、
ウズベキスタンを襲った1966年の大地震の時に、
タシケント市内の多くの建造物が倒壊したのに、
この劇場だけはビクともせず、

「日本人の建物は堅固だ」
「日本人の建築技術は高い」

と評価されました。

現在も、
ナボイ劇場は、
当時のまま残っています。

さらに
日本人のすごいところは、
ご覧のように、
ナボイ劇場はレンガ造りなのですが

レンガ製造から館内の装飾、彫刻まで抑留者が行ったのです。

いったいどこの国の捕虜が、相手の国の建物にきれいな彫刻をするでしょうか?

偉大なる過去の日本人に、畏敬の念を抱かざるをえません。

その後、1991年に
ウズベキスタンは
旧ソ連から独立します。

初代大統領はカリモフという人物でした。

彼は、幼い頃、
母親に連れられて強制労働させられている
日本人を見たそうです。

捕虜なのに、親切で、丁寧で、良心的に働いている日本人を見て、カリモフ少年は強く感動したそうです。

数十年後、
彼は大統領になると、
ナボイ劇場の前に設置する予定だった
プレートの文言について

「決して『日本人捕虜』と表記するな。日本とウズベキスタンは一度も戦争していない」

と厳命しました。

捕虜となり、祖国に帰れるか分からないのに、
自分の国のために
親切に丁寧に仕事をしてくれる
日本人の姿に敬意を払ってくれたのだと思います。

そして、
旧ソ連から独立して
新国家建設を進める時、
カリモフ大統領が掲げたスローガンは

「日本に見習え」

でした。

中央アジア諸国の中でも、ウズベキスタンの日本人への好感度が飛び抜けて高い背景には、こうした歴史的事実があるのです。

これ以来、
日本とウズベキスタンとの交流は続いています。

過酷な環境の中で、日本へ帰ることを夢見ながらも、勤勉に働いて、ウズベキスタンと日本の友好の絆を残してくれた抑留者に感謝と追悼の意をこめて

毎年、1,300本の桜の苗が送られています。

苗は抑留されていた日本人の埋葬地に植えられ、春になるときれいな花を咲かせているそうです。

現在、
ウズベキスタンは
世界有数の天然ガスの
産地として注目されています。

今月、安部総理が訪問したのにも
そうした理由があるでしょう。

これを書いている私も、
これを読んでいるみなさんも日本人です。

世界から見れば、

親切で、丁寧で、勤勉な民族です。

これをしっかりと子供たちに伝え、受け継いでいって欲しい、

日本人であることに誇りをもって世界に羽ばたいて欲しい

東京オリンピックをひかえた今、
教育に携わる人間のひとりとしてそんな風に思います。

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